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2001年4月15日

「多孔質環境」の創造


2001年4月15日 環境緑化新聞

垂直護岸に生態系のバリアフリーを実現
「多孔質環境」の創造
日本ナチュロック(株)専務取締役 佐藤俊明

 東京の都心部を流れる川は、その多くがビルの谷間を流れている。思いがけずに川に出会うと、心なしか閉塞感から開放されたような気持ちになる。だが、しばらく佇んでいると、そこに無機質な壁面に囲まれた都市の一部でしかない現実に気付かされる。川の水は汚れ、場所によっては高速道路が川の上をふさいでいる。とりわけ、コンクリートで固められた垂直の護岸は、本来、和らいだ雰囲気を醸しだすはずの水辺空間に近寄りがたい緊張感を与えてしまっている。長年にわたって風雨にさらされたことで汚れも目立ち、緊張感と違和感が混在する空間が続いている。

河川空間を左右し生態系を遮断する護岸
ビルの谷間を流れる中小河川の場合、護岸は、大河に比べて景観形成の善し悪しを判断する要素としてのウェートが高い。川幅が狭いと、人間の司会に水面と護岸がほぼ同時に飛び込んでくるからである。
私は以前、土木環境学の分野で造詣の深い山梨大学北村研究室と共同で、コンクリートブロックで築かれた擁壁の汚れ進行による外観の変化は、概ね次のような4段階に分けることができる。
第一段階:新しい擁壁で汚れの進行が始まっていない状態。
第二段階:汚れやすい部分が汚れ始める点的汚れの状態。
第三段階:汚れにくい部分も汚れが始まり、汚れがつながっていく線的汚れの状態。
第四段階:壁面のほとんどを汚れが覆うように進行する面的汚れの状態。
壁面が汚れていく速度については、環境条件の変化によって異なってくるが、コンクリートブロックの場合、竣工時の機能美ばかりでなく、10年後、20年後を見据えた景観デザインに対する配慮が求められている。
またコンクリート構造物は伝統的な石積み工法と違って、生態系を遮断するバリアになっている。日本古来の石を積み上げた後方では、凹凸や目地部の微妙な隙間から植物が生え、昆虫や小動物の生息空間にもなっていた。しかし滑らかなコンクリートの壁面は生物の生存を許さない構造になっている。特にコリドー(生態回廊)としての役割を担ってきた水辺では、生態系の遮断が河川環境に重大な影響を及ぼしている。
近年、他自然型川づくりが注目され、建設省(現国土交通省)では、コンクリートを使わない、露出させない護岸づくりを基本方針のひとつとしている。だが、治水面から考えれば、現状ではコンクリート構造物は必要不可欠な存在であり、既存護岸の解体工事や土地スペース、コストなどの問題から、都市部を流れる中小河川で親水性や自然環境に配慮した改修工事を行うことは、なかなかむずかしい状況になっている。

壁面から植物が自然発生する多孔質環境ブロック
日本ナチュロックでは、これまでコンクリートブロックの表面に溶岩や天然石を複合化させた資材を開発してきた。
溶岩を埋め込んだ資材は「ナチュロック多孔質環境ブロック」として、地場の石を埋め込んだ資材は「ナチュロック天然石ブロック」として、河川の護岸や道路擁壁、住宅廻りなど、土木・建築の新築現場で使われてきた。両タイプともコンクリートの冷たい地肌が露出せず、ブロックの表面に複合化された天然素材のテクスチュアがその土地の風景に溶け込み、落ち着いた佇まいを醸しだす特徴がある。特に多孔質環境ブロックは、その表面からコケなどの植物が四季の変化とともに自然発生していく。凹凸のある壁面は昆虫や鳥、小動物などの餌場、通り道、休息の場になり、その土地の自然環境を遮断しない、生態系のバリアフリーを実現させた資材である。
これは、無数の空隙が内部にまで広がっている溶岩の多孔質環境が透水性や保水性に優れ、生物のライフラインとなるさまざまな養分も大気や雨水を通して溶岩の内部に蓄積されるため、植物が自然発生していく舞台が創られていくからである。

富士の樹海がヒント ナチュロックの製品開発
ナチュロック製品の開発は富士山の裾野に広がる青木ヶ原樹海の成り立ちがヒントになっている。この樹海はもともと青木ヶ原丸尾(まるび)と呼ばれていた。丸尾とは溶岩流を指す地元の方言である。無数の植物と多様な野生動物が暮らす樹海の台地は、西暦864年(貞観6)に富士山北東部で発生した長尾山の噴火により溢れ出した溶岩で覆われている。1000度以上の高温で流れ出た溶岩は周囲約16kmに及ぶ一帯を死の世界と化してしまった。だが地上を覆った溶岩流はやがて冷え固まり、多孔質環境を備えた溶岩台地へと変貌し、樹海を生み出す舞台となっていった。
ナチュロック多孔質環境ブロックは、基盤材となるコンクリートを地面に見立て、その表面などの多孔質な素材で覆うことで、青木ヶ原樹海と同じ仕組みを創り出そうとしたものである。製品を開発した1970年代後半の頃は、植物が自然発生するという特徴もそれほど注目されることはなかったが、90年代に入って環境問題への社会的関心が高まるにつれ、「多孔質環境」は自然環境に負荷の少ない製品の代名詞として認識されるようになった。現在、ナチュロック多孔質環境ブロックは、都市河川のコンクリートで固められた護岸の改修工事に数多く使われるようになっている。その代表的な施工例としては、1990年から98年にかけて改修工事が行われた静岡県三島市を流れる源兵衛川の護岸が挙げられる。源兵衛川の事業では、2000年に地域住民を中心としたグラウンドワーク活動が「第2回日本水大国賞国務大臣環境庁長官賞」を受賞し、日本を代表する河川改修のモデルケースとして知られるようになっている。

既存構造物を壊さず覆う ビオボードとビオフィルム
ナチュロック製品を開発するにあたって、私が最大のテーマにしてきたのは「覆う」ということだった。シンプルに説明すると、コンクリートの冷たい地肌が問題なら、多孔質素材や自然素材などで、その表面を覆ってしまえば良いという考え方だった。しかしながら、ナチュロック製品を都市河川の改修工事に普及させていく過程で、私は「覆う」というテーマにもうひとつの意味を持たせ、製品開発に取り組むことになった。
それは既存構造物の解体工事を行わずに、壁面を直接、覆ってしまうことが可能な資材の開発だった。河川改修を行う場合、前述したように既存護岸の解体工事が大きなハードルとして立ちはだかっていたし、土地スペースがない都市部の河川では、流域住民への影響も考え、工期をできるだけ短縮することが求められていた。また建設廃棄物の増加が顕著になり、資源循環型社会への転換をめざしたリデユース(排出抑制)という社会的気運も高まっていた。女性が一人でも持つことができる軽量・薄型の「ビオボード」は、解体工事を行わずに既存の壁面を覆ってしまうので、廃材の排出が抑制され、短期間の施工で垂直の護岸を修景することができる。
そしてビオボードをより軽く、より薄くし、あらゆる構造物の壁面を覆うことができる素材として開発したのが「ビオフィルム」である。ビオフィルムにはハードタイプとフレキシブルタイプがあり、フレキシブルタイプは基盤材にコンクリートを使わず、特殊なフィルムをベースにしている。フィルムの表面には多孔質な素材が複合化されているため、ビオボードや多孔質環境ブロックと同様に垂直の壁面から植物が自然発生していく。

微生物共同体の形成と多孔質環境がもたらすもの
ビオフィルムというネーミングは、生態学の分野で使われている「バイオフィルム」に由来している。バイオフィルムは、日本語に置き換えると「微生物共同体」という意味になる。自然界に存在する物質の表面には微生物が付着しており、多種多様な微生物が共同体を形成し、共同体内で活発な営みが生態系の再生や育成、保護、環境浄化を促す役割を担っている。ビオトープや生態系を保全していくためには欠かせない微生物間の営みである。無機物である石や溶岩の表面もこうした目には見えないバイオフィルムで覆われているのだが、表面が滑らかなコンクリート構造物の壁面は微生物が付着しづらく、バイオフィルムが形成されにくいのである。
ビオフィルムやビオボードなどのナチュロック製品で施工した壁面から植物が自然発生していたのは、壁面が多孔質な環境になるため、さまざまな微生物が付着し、バイオフィルムが形成されやすいからである。
超軽・超薄のビオフィルム 曲面構造物の被覆も可能
超軽量・超薄型のビオフィルムの最大の特徴はサイズに応じてハサミやカッターなどで切断ができ、フレキシブルタイプはアーチ型の曲面を描く構造物にも張りつけることができるという点にある。したがって既存構造物のリフォームに役立ち、コンクリートで固められた壁面だけでなく、鉄やアルミ、木材などで造られた構造物も覆うことができる。またコンクリートメーカーにビオフィルムを提供し、そのメーカーが製造しているブロックの表面に張りつけると、その製品は多孔質環境ブロックに生まれ変わり、新設の現場にも対応できるようになっている。
こうしたビオフィルムの特徴を広く知ってもらうために、私は市販されている乗用車をビオフィルムとビオボードで覆った「エコカー」と名づけたナチュロック製品のPRカーを製作した。このエコカーはドアや側面の部分が壁面緑化をボンネットや屋根の部分が屋上緑化を表現している。昨年の「エコ・グリーンテック」でも展示したが、私はこのエコ・カーを都市のヒートアイランド現象の緩和や地球温暖化対策を訴えるモニュメントとして利用できると秘かに期待している。

世界最大規模の国際会議ベネチア・BIBMでも論文発表
1999年5月、私は中世から水の都として栄えてきたイタリアのベネチアへ向かった。プレキャストコンクリート製品に関する国際会議では世界最大規模を誇るBIBMで、プレゼンテーションを行うためだった。
ベネチアを訪れる半年ほど前、私はBIBM国際会議の事務局に「コンクリートブロックと天然素材の複合化の提案」と題した論文を送っていた。論文は植物が自然発生するナチュロック製品の特徴や開発の経緯を解説したものだが、意外にも私の論文が最も関心が高まる初日のセッションのプレゼンテーションに選ばれてしまった。日本のコンクリートメーカーが初日のセッションでプレゼンテーションを行うのは初めてのことだという。
BIBM国際会議に参加して、私はヨーロッパでも環境に配慮した土木・建築資材の開発が重要なテーマになっていることを知った。「環境と基準に対するプレキャスト製品」を主要テーマに「サスティナブル・ディベロップメント(持続可能な開発)を実現していくためのプレキャスト製品の役割」について、初日のセッションでは8編のプレゼンテーションとともに熱い議論が交わされた。
21世紀は「環境の世紀」と言われている。とりわけ経済活動の中心をなす企業の社会的責任は大きい。土木・建築資材を提供する企業として、今後も、循環型社会への実現や地球温暖化対策に貢献し、自然環境に配慮した持続可能な製品開発に取り組んでいきたいと考えている。

写真注釈:従来のコンクリートブロックに比べ、ナチュロック多孔質環境ブロックの壁面は植物に覆われやすい