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青木ヶ原樹海
青木ヶ原樹海 佐藤俊明著書 「川を生まれ変わるか」より

  溶岩とコンクリートを複合化させた製品を開発するヒントを与えてくれたのが、富士山の麓にひろがる「青木ヶ原樹海」 青木ヶ原樹海はもともと青木ヶ原丸尾(まるび)と呼ばれていた。 丸尾というのは溶岩流を指す地元の方言である。  富士山麓の緩やかな斜面上に存在する青木ケ原の丸尾を、富士山の五号目を超えたあたりから見下ろすと、平坦な土地に樹木が隙間なく生い茂り、まるで海原のように見えるので樹海と呼ばれるようになったという。
 青木ヶ原樹海が現在のような大森林地帯になるまでには、4〜50年の時間を要したと言われている。最近は長らく続く不況のせいか、自殺の名所として全国的にニュースが流れる機会が多くなり、少し切ない思いがするが、その広さが3200ヘクタールにも及び、無数の樹木や草花と多様な野生動物が暮らす樹海の形成には、富士山の噴火により地上に溢れだした溶岩が大きな役割を果たしたことを知っている人は意外に少ないかもしれない。 青木ヶ原樹海
青木ヶ原樹海  富士山はコニーデ(成層火山)と呼ばれ、ひとつの火口を中心に噴火が繰り返され、ガス爆発とともに火口の周辺に噴出した溶岩や火山弾、火山灰などが交互に層を創って積み重なってできた火山であり、噴火口が一点であると、富士山のような円錐形の美しい山になる。
 現在、私たちが見ている富士山の雄姿は今から8000年程前に形づくられ、最も新しい火山活動は1707年(宝永四)であった。この時は火山灰を主体とした噴火で、富士山の南東側に宝永山が産まれているが、青木ヶ原樹海の誕生は864年(貞観六)に富士山麓北東部で発生した長尾山の噴火がきっかけとなっている。この噴火によって溢れ出した溶岩は粘性が低く流れやすい玄武岩質だったため、現在の富士吉田市がある山梨県の南都留郡とその隣の西八代郡にまたがる周囲約16キロメートルにわたって大地を覆い、やがて冷え固まり広大な溶岩台地を形成した。 青木ヶ原樹海
青木ヶ原樹海  富士山の麓には富士五湖と呼ばれる山中湖、河口湖、西湖、精進湖、本栖湖が点在しているが、溶岩流によってせき止められ、山中湖以外の湖には入り込む川も流れ出る川もなく、完全に閉鎖されている。かつては山中湖から忍野の平野付近までは「宇津湖」という湖があり、西湖と精進湖までの間も「セの湖」という湖があったが、何度かの噴火で現在の湖に分けられたと言われている。西湖と精進湖は864年の長尾山の噴火により流れ出した溶岩によりセの湖がせき止められてできた湖である。
 富士山の麓に鬱蒼と繁っていた森林地帯も、この溶岩流によって飲み込まれてしまう。今も残る「溶岩樹形」は、1000度以上の高温で流れる溶岩が冷たい樹木に触れた瞬間、固結してクラストと言われる樹木の鋳型を造ったもので、まれに樹皮の模様を残すものもある。これは溶岩流のすさまじい破壊力を示すものだが、長尾山から流れだした溶岩により、本栖湖から西湖、精進湖、河口湖までの一帯は生命の存在しない死の世界と化してしまった。 青木ヶ原樹海
青木ヶ原樹海  だが、地上を覆った溶岩流は、やがて冷え固まり、太陽の陽射しや風雨にさらされながら長い歳月をかけてその表面から内部まで無数の空隙が続く多孔質環境を備えた台地へと変貌していく。ごつごつした溶岩の台地は植物が生育するには決して好ましい環境とは言えなかったが、そうした負の条件を補い、樹海を形成させたのが溶岩の持つ多孔質環境であり、地上を覆った溶岩台地は新しい森−樹海を生み出す舞台となっていく。  ポーラス状の溶岩台地は、透水性や吸着性、保水性に優れ、雨や大気中に漂うチリやホコリを吸収しやすいため、四季の変化とともに生物が生息するためのライフラインを確保する環境を設えていく。
 そして、その後に起きる豊かな生態系を育む営みは、自然界の食物連鎖の仕組みそのものである。最初にコケ類が溶岩の表面を覆い、そしてシダ類や草花も自生しはじめる。それにつられて昆虫が生息をはじめ、それを食べる野鳥や小動物も集まってくる。それらの生物の死骸や排泄物は溶岩台地に吸収されて植物が生息するための養分となり、昆虫や風が運んだ種子が芽を出し、溶岩台地の割れ目から高木も生い茂るようになる。溶岩は数世紀の歳月をかけて風化が進み、樹木も根を張りやすくなり、高木の下で日陰を好む低木も生長していく。
青木ヶ原樹海
青木ヶ原樹海  こうして生まれた樹海は多様な植物層がみられるため、昆虫や野鳥や小動物も棲み分けができ、豊かな生態系が形成される森に育っていった。  

  青木ヶ原樹海は針葉樹と広葉樹が混在する森である。ツガやヒノキ、モミなどの高木の針葉樹やブナ、ミズナラ、カエデなどの広葉樹が自生し、陽当たりのよい所ではアカマツの林も見られる。樹齢100〜300年と言われる高木の根元にはソヨゴ、アセビ、ミヤマンキミなどの常緑広葉樹林が多く、春にはオオヤマザクラ、フジザクラ、ミツバツツジなどの花が咲き乱れ、秋にはカエデが紅に染まる。
 全体で100種類ほどの草木が見られるが、野鳥の宝庫としても知られ、ミソサザイ、カケス、オナガ、ツグミ、ヒヨドリなど210種類の野鳥が観察されている。また哺乳類では、クマ、シカ、キツネ、イノシシ、ノウサギ、イタチ、リスなど40種類の動物が棲息していると言われている。 青木ヶ原樹海
 
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